日本で高麗人参の認知が広がるまで

高麗人参を最初に知ったのは聖徳太子と言われており、確信できる情報は残っていないのですが、歴史の流れからそのように推測されています。
しかしまだこの段階では知られるまではいっておらず、認知というにはほど遠かったのです。
奈良時代になると貿易が盛んになり、外国から沢山の輸入商品が入ってきて、この時代からやっと高麗人参の認識が広がっていったのですが、貴重な物という事で、一般の方が入手するのは難しく、上の人しか摂取できない状況だったのです。
江戸時代になると、徳川家康や黒田官兵衛など、上の地位にいる方しかこの高麗人参を入手する事が難しく、認知は広がっていたのですが庶民はなかなか効果を実感する事ができなかったのです

また高麗人参は快適な育てる環境という物が存在しており、当時の日本では育てるのが難しかったため、輸入に頼るしかないと言うのが現状で商品価値がさらに上がっていたともされています。
そんな中、自国で育てようと考えた徳川吉宗によって一部地域で栽培がはじまり、庶民にも広まるようになりました。
現代では場所は限られますが、日本でも栽培できるようになったのです。